「妃の墓
アラムの女神 没年 ヘビの年」
そう、入り口の碑にあった。
あの“災いの王”の妃の墓だ。
入った所、さすがと言おうか、禍々しさというものは最初感じなかった。
だが、突然だった。
「ガアアアーーーールルルル!!」
獣の咆吼の様な女の叫びが突然、殿堂内に響いた。
あまりの大きさに、余もオズワルドも肝を冷やした。
「うらみを、晴らすのじゃぁー!」
目の前に、暗い霧と同時に女の影が薄ぼんやりと浮かんだ。
徐々に霧が晴れると同時に、王妃の亡霊は現れた。
青白い顔に似つかず、瞳が炯々としている。
先程の“災いの王”よりも違う意味で恐ろしい姿だ。
「お前は、わらわが捜しておった者ではない…
お前は、わらわが待ち受けておった者じゃ!
これからここ、暗黒の城で巻き起こった、
邪悪なる災いの物語を聞かせよう。
それは、お前の背すじが寒くなり、
血の気が引くような物語となろう…」
そうか。
では、聞かせて貰おうか。
「何年も昔のこと、
この国は、みだらではあるが力強い領主によって
治められておった。
神につかえた王の子孫のまた子孫にあたる者じゃ。
だが、この者は、持って生まれた領土だけでは満足しなかった。
その先祖の血が、再び無敵の王たることを欲したのじゃ。
王を王たらしめるのは王冠ではなく、力。
支配する力をもって始めて王は王たりえ、
持たざるものはその座を失う。
真の力は、支配する力を持つことない。
制御することあたわざる者は、
またその力も失う…
それがゆえに、彼もまた、支配、
そして制御することを学び、
さらに見いだしたことをじっさいに用いた。
彼は、権威をひけらかしている限り、
およそ平凡なる者の操作はたやすく、
神からさずかった力を誇示する限り、
他者は彼にこびへつらい、
その支配を受け入れ、
彼の権威に異議をもうし立てることは
無いということを、知ったのじゃ」
なるほど。
確かに、王を王たらしめるものは“力”だ。王冠ではない。
その事は、余も幼い頃より先帝から学んだのだ。
さらに、王妃は続ける。
「彼は城の北に暗黒の寺院を建立し、
そのシンボルとして雄羊の印を用いた。
すでにしてよわき者、おくびょうな者から、
疑惑と恐怖をもって見つめられてきた雄羊じゃ…
そして、この王となるべき者は気がふれたのじゃ!
力を欲する彼の夢は、
おのが自身を支配してしもうた。
このような渇望が常にそうあるように…
そして彼は、その権威にあらがえない者を
もって、聖ならざる征服の戦いに手を染め、
暗黒の力へとかたむいていった…
地獄の底から悪魔の力を呼び寄せ、
彼の力はその望むがままに
強大になっていった。
彼はこの井戸より飽くことなく飲み続け、
力が自らの魂の中に宿ってゆくのがなぜか、
疑おうともしなかった…
ある日、彼は彼の征服の後ろだてと
なっていた暗黒の力のみなもとから、
得た力の代償を求められた。
もちろん、もっともいまわしき代償を!
彼は一人の女、牧師の愛人をとらえ、
夜半にむち打つというおそるべき
儀式をもって、地獄より来たる悪魔に
これをさしだした。
この世界の正当なる支配者を自称する悪魔に。
そして悪魔の娘が生まれた。
その娘は、ふしだらな母親の元でそだてられた。
あの牧師だった男がそばに置かれ、
王の過去の行いにより、
降りかかって来るかもしれない危害から
彼女を守った」
徐々に、妃の顔からさらなる狂気―否、嫉妬ともとれるどす黒い表情へと変わっていった。
「娘が十と三の年、王はその女を自らの元にまねきよせた。
彼は力を持つ新しき者と手を結び、
娘をワナのおとりに使い、
その悪魔の父をおとしいれ、
葬り去ったのじゃ…
彼はこうして娘をおのがものとして
手にすることができるようになった。
そして、娘がその悪魔の父から受けついだ力をも
自由にできるようになったのじゃ。
彼の力に対する欲望は、そのまま娘に対する欲望となった!
そして、妃であり、高位の聖職者であり、
一度は王その人の愛人でもあったわらわは、
すてられたのじゃ。
娘のせいで…
わらわはすべてを失った…
娘が十と四の年、娘は彼に自らの力の出自、
その生まれ出たなりゆきをたずねた。
彼はそれに答え、彼女のふしだらな母親と
悪魔の父のことを語ってきかせた。
娘はそこでひとつのことを望んだ…
彼らの死を望んだのじゃ!
まさに娘は悪魔の子であった!
娘はその母を死に追いやった!
その愛人にして、あの牧師だった男も
同様に死へと追い立てられた…
そして災いのペンの事件が起きた…
王がペンの望みを書き終わった
まさにその時、三つの出来事が起こった。
まずひとつ目は、わらわが死んだこと、
悪魔の娘のその手にかかったのじゃ…
二つ目は娘が子を宿したこと、
地獄から来た新しき呪われ子じゃ…
そして三つ目、
王自身が変わっていったのじゃ…
彼は不死を欲した…
だが、彼もまたペンの災いを
逃れることはできなかった…」
途中から哀しみの色に染まっていた妃の声は突然張り上げられる。
「わらわは彼らにつばをはきかけよう!
彼と娘とその子に!
わらわは彼らある限りやすまらぬ!
お前はやつらを葬り去るのじゃ!
やつらのうそを聞いてはならぬ!
やつらはお前をあざむこうとするじゃろう!
聞いてはならぬ!!
お前がやつらと戦うために、助けになる物を与えよう。
だがしかし、わらわの言葉を忘れてはならぬ!!
このかぎで娘が寝ている部屋に入り、
葬り去るがよい!
そしてこの聖なる品、やつらの力から
お前を守るこの品を持つがよい。
彼はお前を止めようとするだろう。
だが、これは彼をおしとどめよう…
さあ、行くのじゃ!
やつらにやられる前に、
やつらを葬りされ!
わらわのうらみを、晴らすのじゃ!!」
有無を言わさず、妃は銀の十字架を余に渡し―
そして亡霊は消え去っていった
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