再び、あの扉の前に来た。
両目に宝石が戻った途端、扉のしゃれこうべが
悪魔のような冷たい笑みを浮かべた。
ゆっくりと扉を開けると、そこにはさらに地下に通じる螺旋階段があった。
開いた途端、冷たい空気―体感的なもの以上の何かを感じ、思わず身震いした。
身の毛もよだつ、と言えば語弊があるかも知れないが、この向こうにはよからぬものがいる気配をびんびん感じたのだ。
しかし、外界に繋がっているかも知れない。
意を決し、万が一の事があってはいけないので私が陛下の前に立って螺旋階段を降りる事にした。
階段を降りるにつれ、外界に繋がっている事は間違いない事に気付いた。
外の空気には水の香りが感じられた。
どうも近くに湖か何かがあるようだった。
螺旋階段が途切れた場所は、切り立った岩場―そして周りは川だった。
どうやら、城の基礎部分にまで降りてきてしまったようだ。
と、今いる岩の絶壁を取り囲み、曲がりくねりながらすべての方向、
目がとどく限り遠く、はるか彼方の洞窟まで続き、
霧の中に消え去るそれが目に入った。
「オズワルドよ、どうする? 行き詰まりだ…」
泳ぐ事も考えたが、魔物が跋扈している城の地下だ。
水の中にはもっと危険な魔物がいるであろう事は予想できたため、泳ぐのはやめた。
しばらくすると、陛下が岩場に何かを発見なさった。
指をさした場所をみると、床の上には、数多くの奇妙なルーン文字や印で飾られた円形の紋章が彫り込まれていた。
その内側には、わくにおさめられた墓がボートで水の向こうへ運ばれる光景がかかれていた。
「死が扉の向こうで待っている…か」
ミスタファファスが言っていた言葉を陛下は思い出されたようだ。
墓―水の向こうへ運ばれる―
ふと、大昔どこぞの神話の物語で聞いた事がある。
死者の川の舟守―
「む? この角笛にも似たような印があるな…」
陛下は円陣の上に立たれ、角笛を思い切り吹き鳴らした。
それは、水面のはるか彼方にまで届く印象的な音色でなりひびいた。
そして、こだまも消え行き、川一面は再び静けさが支配した。
「…やはり軽率だったかな」
そう陛下が呟かれた時だった。
霧の向こうから、暗い人影がゆっくりと現れた。
"死"がやってくるのだろうか―
否、まるで"死神"のような風貌をした男が霧の向こうから現れたのだ。
黒いローブに身をつつみ、骸骨にみまごうばかりのやせ細った人影だ。
細長い船の先頭に立ちながら、男はゆっくりと船を岸辺にみちびいた。
その男からは特に邪気は感じられなかった。
「私はカロン。遺灰の船頭をしている。死者の川の船頭だ。
私に遺灰を持ってきたのかね?」
「否、遺灰は持っておらぬ」
「…川を渡りたいかね?」
渡りに船ではあるが、遺灰の船頭…
魂の船頭ではないのだから、命を取られる心配は無いのだろうが…
陛下は「頼む」と恐れずにカロンの申し出を受けた。
乗るには500G必要だった。
しかし、今の私たちはそれぐらい簡単に出せるのですぐに支払って船に乗り込んだ。
船の乗り心地は悪くはない。
むしろ快適すぎる程だった。
しばらくカロンと私たちは話をした。
「ここは死者の川という所なのか?」
「死者の島、死者の土地…あまたの道がある…。ここはその端だ」
「貴公は船頭をしているというが、どういった仕事なのだ?」
「私は死者の船頭だ。私は遺骨の灰を死者の島に運んでいる」
「遺灰とは何だ?」
「死者の形見だ。私は灰をみつけたものに、500Gを支払っている。死者は死者の島のものだ」
ふと、水の上を漂っていると聞いたゾーフィタスの事が頭を過ぎった。
「ゾーフィタスを知って居るか?」
「正気を失い、困惑した魂…死んだ。しかしいまだに生き続けている!」
何も事情が分からない者ならば、謎かけと思える返答だ。
しかし、カロンの言葉は「善」のゾーフィタスの言葉が正しかった事を示してくれた。
「悪」のゾーフィタスは生きているのだ。
「では、この城の王妃も知って居るか?」
「その魂は復讐を叫んでいる!死者の土地で会うことができるだろう」
「レベッカについては?」
「アァ、私を妃のところへ追い立てた悪魔の子だ!王を探せばその側にいるだろう!」
「では王は―」
「死者の土地にて、生きながらえている。
彼は多くを おくってよこした…
そして、お前もまた…
死はあまたの姿を持っている…」
そういっている間に、一層空気の澱んだ孤島に近づいた。
「ここは死者の島だ…」
さらに数分進んだ所に、また小島が見えた。
「ここは亡者の島だ…ここが終点だ…」
礼を言って降りると、カロンは器用に櫂を使って反転すると去っていった。
島にはいくつかの鉄格子で区切られた、堂のようなものがいくつか立てられていた。
まぎれもなく、ここは墓場の島だった。
手前の堂の入り口にあるレリーフには、「ミノスの島 亡者の地」と彫られている。
と、門の根本あたりに、一冊の本とかぎがひとつ、ころがっていた。
その本は、「亡者の書」というタイトルが彫られていた。
何かヒントになるのではと思い、書物を読んでみた。
「ミノスの呪い
ミノスの島に住む者
ミノスの呪いによって滅び、
悪霊の姿にて現れる。
かの者、他者の破滅が自らの開放のかぎと教えられ、
それがゆえに、
かの地を訪れ
かの者と戦う者が現れ、
かの者が勝利をおさめ
呪いより解き放たれる解きが
訪れるのを
永久に待つ
しかるに、かの者は知らぬが、
その自由、かの者の敵が
勝利をおさめる時にのみ与えられる
なぜなら、敵はかの者を死にいたらしめた行いに
なやむがゆえに破滅し、
それゆえかの者は自由を得るのだから…」
読み終わると、本が散り散りになった。
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