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わたしは自分がなにを感じ―なにを考え-ているかを書いてみたいと思う(キケロ)
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始め、彼女たちが水中から現れた時、兄さんは「おっ♪裸のねーちゃん」と言いたげな顔だったが、その数が半端ない事が分かると緊張を漲らせた。
どれも美しい女性たちばかりだった。
だが、それだけに危険を知らせる心の声が大きくなっていた―

彼女たちはしばらく、物音ひとつ立てなかったが、
水の音が静まるとたおやかに忘れがたい声色で歌い始めた…



―我らはサイレン
海の姉妹
我ら歌う哀しみの歌
そよ風をこえて
たとえ心に愛ありとても
我らを解き放つは狂気
悪夢へ誘わん男たちを
そのやさしき祈り聞かせて
逃れる者は唯一
サイレンの哀歌を知る者
恐ろしき時
我らののどよりおどり出る
死の定めから逃れん
我らを舞い上がらせるは狂気
いざ!
サイレン生ける者を誘わん
海の上なる死へ…


そこでサイレンたちは、無敵を誇る船乗りたちを震え上がらせ、船の竜骨をもきしませる、恐ろしい不協和音のハーモニーで泣き叫び始めた。

聞いているだけで、鼓膜どころか神経・精神まで引きちぎられそうな音だった。
耳を塞ぎたいのに、不協和音にも関わらず彼女たちの歌はこちらの耳と動きを完全に封じてしまっている。

兄さんもそろそろ限界のようだ…
姉さんも…


突然、不協和音のハーモニーのそれにかぶさるようにひとつの声が高らかにさけんだ。

「姉妹たちよ、我らは何者?」

続いて、大勢の声が応えた。

「我らはサイレン!」

再び、ひとつの声が問う。

「我ら何ゆえ歌う?」

泣きさけぶ声が応える。

「我ら狂気ゆえ」

歌はさらに高まり、一つの声はそれに応えた。

「姉妹たちよ、我ら何を歌う?」

コーラスが続く

「サイレンの哀歌!」

歌は熱狂的にたかまっていった。
と、突然、彼女たちの一人がこちらを向きさけんだ…

「では、サイレンの哀歌とは何?」

それは咄嗟だった。
あの、アイラおばさんの墓にあった書物の一節が脳裏に浮かぶと同時に喉から躍り出たのは奇跡としか言い様が無かった。

「我らを解き放つ狂気!」

その途端、ソロを歌っていた、ひときわ美しいサイレンが、心までとろかす様な笑みを浮かべた。


「おお、気高き旅人よ!我らの哀歌を ご存じであったか!
あなたがたは、自らえらんだ道でもう一度自由に戻ることができよう。
しかし、お忘れめされるな。
サイレンは常に旅人を狂気へ誘い続けねばならぬということを。
なぜなら、狂気だけが彼女たちを解き放つのだから。
生けるものは水を恐れるがよい!
とはいえ、あなたがたは我らの歌を聞きいまだに死をむかえてはいない。
それゆえ、我らはあなたがたの旅を助けることにしよう…」

そう言うと、そのサイレンは私に半透明の、触った感じは個体と液体の中間ぐらいの、翼を渡した。
否、それは翼を模した、美しい「水のつばさ」と呼ばれるものだった。

それと同時に、サイレンが手を伸ばしてきた。
意味は何故か理解出来た。
サイレンの歌が記された書物を、私は無意識の内に差し出していた。

「我らのおくり物、この魔法のつばさをその本のかわりにお受け取りなさい。川を旅するときに役立ちましょう。
生けるものの足は水の上では役立ちませぬから。
さぁ、我らは行かねばなりません。
すぐに狂気が我らを解き放ち、今起きたことは忘れ去れるでしょう」

ふと、サイレンは悲しげな表情を浮かべた。
悲しげというよりは、諦めたような何かを達観してしまったような顔だった。

「我らが求める自由とは、過去から解き放たれること。
我らをしばり、哀しませることはすべて過去にあり、
それゆえ我らは歌い、忘れ、解き放たれるのです。
我らを解き放つもの、それは何もかも忘れてしまうという狂気なのです…」

そしてサイレンは静かに水底に消え去っていった。
まるで何事も起きなかったかのように…





「…一体、彼女たちに何があったのだろうか―」

「んなもん、知っても意味は無いだろう」


さすが兄さん…
情緒ゼロ…


「さて、あいつらは首尾良く帰ってくれたが、また戻ってきたら厄介だぜ。きっと今度はこっちが完全に発狂させられるまであのコーラスを聴かせる気だぜ」


それももっともな意見だ。
私たちは水のつばさをはいてみてから、水の上に足を踏み出した。

不思議にも、陸上とほぼ同じ感覚で歩く事が出来た。
それでいて、意思を持ってすれば水中に泳ぐ―否、隠れる事も出来るのだ。
彼女たちの誠意―ありがたい贈り物は大事に使おう―
そう私は思い、しばらくこの川を探索する方へと神経を傾けた。
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